【自己紹介】私の人生の履歴書 ~留学前~

自己紹介

【自己紹介】私の人生の履歴書 ~留学前~

 

24歳ってもっと大人なんだと思ってた

 

精神的にも金銭的にも自立して,スーツとか着こなしちゃって,表参道ヒールでコツコツ音させながら歩いてくようなかっこいい大人に。

 

 

でも,本当の自分っていつまで経ってもわがままで,月曜日の朝は会社に行くのも,ましてや布団から出るのすら嫌で,家帰ってきても残業して疲れて,夕飯の食器洗いすらやりたくないよ~ってだらけてるような普通のOL、、、

 

理想とはほど遠いけどこうなる確率は99%ですね。

 

 

そんな嫌だなと思いながら毎日暮らすのはしんどいので,留学中に,何をしたら,自分らしく,充実して生きていけるのか考えました。会社員とか東京での慌ただしい生活は,私が求めているものではなかったので,真剣に考えたところブログを書いてみることにしました。

 

 

ここで,今回この記事では,私の人生の履歴書を紹介いたします。読み終わったら,私がどんな人間かある程度わかるように赤裸々に書いていこうと思います。

 

出身

東京生まれ東京育ちで地元トークは盛り上がらない傾向にあります。(しかしながら,実家から都心にアクセスしやすいのは,両親に大きな声でありがとう。)

 

小学校

家から近い地元の小学校へ入学しました。

 

小学校の時の私はかなり活発で,男女合計で6人のグループでよく放課後遊んでました。「ランドセル家に置いたら,〇〇公園に自転車で集合ね!!」って約束してたのがなつかしいです。

 

小学校5年の時に漢字検定2級に奇跡的に合格。

その流れで,中高一貫校に入ったら,高校受験しなくていいじゃんって思って,中学受験を決意しました。しかし,受験勉強というものを分かってなかったため,普通に落ちました

 

「勉強するから!!」ってお母さんに報告して,ハッピーターンを買ってもらい,かじっていた受験生活だったと記憶してます。

 

中学校 ~地元の中学に進学~

 

親になぜか運動部じゃないとダメっていわれたので,運動部の中でも好きになれそうなバスケ部に入りました。陰キャラになるの防止するためかな。。。

 

生徒会にも入ったりしながら,優等生って感じのキャラで中学校時代は過ごしました(今思うと自分のアイデンティティがそれ以外なかったし,コミュ障だったから何かキャラが欲しかったのかも)。

 

 

ちなみに中学3年の成績でオール5取った過去の栄光があり,その成績のおかげで面接のみで都立高校に推薦入学することができました。

 

中学受験失敗してるし,受験したら行けないかもしれないレベルの学校に推薦で行けたので,幸運だったなと自覚しています。

 

高校

部活がめっちゃ忙しかった

朝練,昼練,放課後練,夜練を繰り返して,週に7日部活してた時もある。高校2,3年は,文化祭すら他県との合同合宿と被って出れなかったです。

 

高校2年生からキャプテンという役職までついてしまって期待に応えなきゃ,応えたいって想いがありました。プレッシャーに押しつぶされそうだった。普通に放課後遊びに行ったり,土日にデートしたり,「高校生」が心底うらやましかった

 

 

もう一度やり直せるとして,同じ部活に入るかというとNOだけど,それでも最後にはこの部活に入ってよかったと心から思わせてくれた同期や顧問の先生には感謝しかないです。

履歴書に書けるくらいの部活成績を残せて,達成感をこれまでの何倍も味わえた貴重な経験をさせてもらった場所でした。

 

授業中に内職

高校では授業中に内職することで成績をキープできてました。言い換えると,授業中くらいしか勉強する時間と体力がなかったです。

ここで先生に見つかったら怒られるじゃんって思うんですが,内職は同じ教科なら怒られません。英語なら英語,古典なら古典の予習を授業中にやるのがポイントです。

 

 

授業ってみんなに合わせるためにゆっくりめですが,時間余ったなと思ったら,その間に今回の授業で宿題になるところやってました。

あとは移動中の電車とかバスで英単語みたり,漢字覚えたりしてなんとか高校時代の学業を乗り切りました。

 

 

やっぱり内申点は侮れず,一般受験じゃ絶対学力足りなかったであろうMARCHの大学に指定校推薦で入学することができました。いい成績つけてくれた先生本当にありがとうございます。

 

友人関係

これまでいいことばっかりじゃんって思うかもしれませんが,高校で仲がいい友達っていうと,本当に数人しか思い浮かばないです。

 

クラスの人と放課後話したり,休みの日に遊びに行くことがほとんどなかったから,コミュニケーションをどうやって取ったらいいのかわからないとか,年頃っぽい悩みはたくさんありました。

 

大学

そこで,大学生は周りと同じように,適当に遊ぼうって思ってました。高校の時の分も取り返すくらいの気持ちで。

 

だから最初は大学での授業受けつつ,サークルに入って,アルバイトして,スケジュールは毎日埋まってたし,それなりに充実して過ごしてた。。。つもりでした。

 

パリピにはなれない

でも実際には,「大学生」って案外面白くないんだなって感じました。

飲み会もサークルも中身のない話をひたすらくり返して,しかも飲み代やサークル代を稼ぐために,アルバイトで1時間1,000円で切り売りする生活に嫌気がさしてました。

 

 

何か変えたい,やりがいが欲しいって思って,友達に勧められた簿記を始めました

 

まさか始めた当初は,自分が公認会計士試験受ける,そして受かるなんて思ってなかった。てか,公認会計士ってなにそれ美味しいの?って感じの頭のゆるい大学生だったから,当時,人生の選択肢としても見てなかったです。

 

(実務要件と最終テストが終われば,晴れて「公認会計士」って名乗れるんですが,ぶっちゃけこの辺のシステムとか,呼び方とかはややこしいから今回は説明しません。)

 

予備校の先生

 

本試験終わってからすぐ,予備校で公認会計士講座の先生をはじめました。

 

採用面接で,合格する可能性の高い人を採用したいってことだったんだけど

 

面接官「本試験手応えどうでしたか?」

 「たぶん受かってると思います」

(全然自信ないし,なんなら落ちてるかもしれないけど、、、)

 

って言ったら,奇跡的に面接通ってしまった。(結果的に受かってたから良かったものの落ちてたら,罪悪感しかなかったです)

 

予備校の先生になりたかった理由

なんで講師をやりたかったのかっていうと,高校生の時に出会った先生が本当に大好きで,その先生が教えてた教科は授業後に分からないところ質問しに行ったし,テスト前も死ぬ気で勉強しました。

 

先生って影響がすごく大きくて,あこがれてて,自分もいつか教える仕事に就きたいと思ってました。

(指定校推薦で入学したので,学部は選ぶ余地がなく,自分の好きな科目の教師課程は取れなかったことから,大学では教職免許は取っていません。)

 

その後,違う道を探していましたが,会計士講座の先生になれるかもしれないという話を聞いて,「これは応募するしかない」という,運命的なものを感じて,面接を受けに行きにいきました。

 

初めての仕事

でもね,冷静に考えてみてほしい。

 

会計士講座って大学生から社会人までいて,年齢層でいうと約18歳~50歳くらい。当時,大学3年生だった私は,教壇に立って,専門的な知識を「大人」に向かって解説しなきゃいけなかったんです。

 

初めての講義は,マイクを使ってるからか,呼吸の仕方がわからなくなって,チョークを持つ手も震えて,今の私からしたら情けなくて見てられないでしょうね。。。

 

しかも,たぶん生徒全員から見て,「ああ。。。先生緊張してるな,大丈夫かな」って不安にさせたと思います。

 

先生という職業

知らない方も多いかもしれませんが,会計士講座は約70万円するようなお高い自己投資なんです。

 

大学生にとっても,大学の学費とは別に払わなきゃいけない費用ですし,人によってはかなり大きな決断になると思います。だからこそ,みんな真剣に勉強するし,予備校の営業時間始まりから終わりまでいる人も少なくないです。

 

そんな自分のキャリアや人生をかけて闘っている生徒の力になりたいと思って2年3ヶ月,自分の出来る最大限を尽くしました。

 

 

しかし,自分の発言が生徒の人生を変えてしまう可能性があることや,それを背負うことの責任の重さに,段々耐えきれなくなっていきました。

国家試験の中でも難関といわれているため,私の担当していた生徒が全員合格することはありません

 

生徒から合格したという報告をもらったら,嬉しくて涙がでます。

 

一方で,受からせてあげられなかった受験生に対して,もっと何かできることなかったのかなとか,これ以上何をすれば受かるのかと,苦悩するのも事実です。

 

上手くできなかったこと

加えて,講師の仕事の3割は,講義の予習や教壇に立って講義をすることなのですが,残りの7割は問題作成になります。これが本当にきつかったです。私には向いてなかったのだとさえ思います

 

問題作成するために,会計基準,基準のできあがった背景的な考え方,研究論文,学術的な本,などを読み漁っていきます。

 

その後,文章を組み合わせたり,こねこねしたりして,問題と解答として作っていくのですが,合格したてほやほやの私が難しい文章を切り貼りして問題を作ったところで,知識豊富な先輩に理論的に打ちのめされるだけでした。自分の理解や調べが足りなくて,先輩に何も言い返せないということもありました。

 

全然できるようにならなかったのに,先輩は辛抱強くあきらめずに指導してくれて,私が成長できるように導いてくれたことは,感謝しきれません。

 

プロフェッショナル

講師になって本当にたくさんのことを先輩や同期の方に教えてもらいました。

 

その中で,間違った情報を発信してはならない(受験生が間違えて覚えてしまうため)ということや,教壇に立ったら「先生」として,大学生のような甘い言い訳は許されないです。体調管理や予習の充実度などプロフェッショナルとしての意識を高く持つことを学びました。

 

(正直に告白すると,レジュメ作りや予習で無理した時期は,胃腸炎になって休講したこともありますが,正直に言ったので見逃してください笑)。

 

なぜ留学?

 

仕事関係のことしかしてなくて,正直忙しすぎて,自分の人生について深く考える時間がありませんでした。自分が何をしていたら幸せなのか,わからなくなっていました。

 

貯金もあるし仕事やめちゃおって辞めたかったんですが,ニートの期間があると社会復帰しづらいかもしれないっていう不安とか,なにより自分の生徒に対しても示しがつかないですよね。

 

なので「英語を勉強するために留学する」という体裁で辞めました。

 

 

最初は体裁としか思ってなかったんですが,留学したことでまた人生大きく変わりました。留学する前は,英語が全く話せなかったし,知っている単語もごくわずかでした。でも,日本で生きていくからそれでいいと開き直ってました。

 

最終的にブログ書くことにたどり着くとは,思ってもみなかったです。留学については詳しく違う記事で書きたいと思います。

 

最後まで読んでいただき,ありがとうございました!

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